左に右折

小説書きリハビリ用

ハートのつま先

しゃがみこんだ後ろ姿、かかとを潰して履いている上履きはもうずいぶんとくたびれていて、それでもあとしばらくしたら卒業するんだし、別に良くない? とけらけらと笑っていたら担任に怒られていたっけ、なんてことを思い出す。サラサラの長い髪は少しだけ茶色が残っていて、そこから少しだけ見える左耳には樹脂ピアスがつまらなさそうに刺さっている。

「何見てんの」

その頭にコツンと紙パックのミルクティーをぶつけて、隣に同じようにしゃがみこんだ。

二階渡り廊下の鉄柵の間からは駐輪場がよく見える。

「あれ見てみ、2組のバカップル」

「山下夫妻じゃないですか」

「あいつらぜってーショジョとドーテーだろ」

「お前がビッチなのでは。ミルクティーいる?」

「なになに? くれんの? え? なんで?」

わーい、とかなんとかっつって、受け取ったミルクティーにストローを早速刺して飲み始める。化粧っ気はないくせに、ちゃんとケアされているらしい唇は、黙っていれば清楚とも言えなくはない顔に似つかわしくないほど汚い言葉をガンガン吐き出す。

「ビッチてほどじゃないけどさぁ、高校生くらいになったらやることヤッてるやつ何人かいるじゃん」

「まぁねぇ」

「マジよくやるよなーって感じだわ。恋愛とかクソめんどくさいのに」

意外な発言とともに、鉄柵に指を引っ掛けてぐいーんと体重を後ろにそらす。私はと言えば、自分の分のレモンティーにストローを刺して一口飲み込んだ。

「めんどくさいっていうのには概ね同意見だけど、あんたがそんなこと言うなんてね」

「そぉ? まー、いろいろあんのよ。こう見えて人生経験豊富なんで」

ふふん、と笑ったその顔はどう見ても自嘲の表情が漂っていて、まぁそうね、こいつもね、いろいろあんのよね、なんて私は駐輪場をまた同じように眺める。

山下夫妻は2組の仲良し学級委員の男女ペアで、同学年ならば知らない人はいないバカップルである。ステータス的にはまぁ、山下(男の方)はちょっと調子乗った猿的な感じの、クラスにいるよねこーいう男子ー! みたいなタイプのやつ。山下(女の方)は真面目そうなタイプで髪も真っ黒だけど、それなりに整ったお顔をしてらっしゃる。化粧っ気ない部活女子って感じの子。

「ところでミルクティー飲みきった?」

「んん? うん。ごちそうさまでした。ってなに、やっぱり買収だったのこれ」

うげぇ、って顔をしなから仰け反る。

「ちょっと目ぇつぶって」

「え、なにされんの私」

ほんの一瞬だけ。

ほんとに触れたか触れてないか分からないレベルの素早さで、その唇に触れた。ミルクティーの味を微かに感じる。あとくっそ柔らかいですね! もう少し堪能したいとこだったけど、さすがに冗談じゃ終わらせられなくなってしまうから、名残惜しいけど!

「……今なにした」

「ちゅーかな? 初めてじゃないっしょ?」

「いやまぁ、初めてではないよ」

デスヨネーなんて思いながら、緊張で乾いた喉を潤すためにレモンティーに口付ける。間接キスくらいならいくらでもしてるんたから、直接キスもそんなに変わんねーんじゃない? とかさすがに馬鹿ですかね、ダメですか。

「私は初めてだったけどね。ファーストキスはミルクティーの味がいいなーとかっていう」

「私のキスが100円で買収された…! あとキスしといてすぐにレモンティー飲むのってどうなのよ。傷つくわー」

レモンティーのパックが腕ごと掴んで奪われて、さすがにずっとしゃがんでいたからバランス崩して片手を後ろについたら、勢いづいた二度目のキス。

「…ちょ、……ま」

舌が入ってきたからさすがにやばいと思うんです。思わず目を開けたら当たり前のようにすぐ近くに奴の顔があって、まつ毛くっそ長くないですか、とかありがちな感想を抱きながら、胸ぐら掴むような感じで押されて思わず尻餅をつく。

「ごちそうさまー」

「お…ま……くそむかつく」

「人のファーストキス奪ったお返し。初めてでも案外うまくできるもんだねー」

いやいやまてまて

「え、さっき初めてじゃないっつったじゃん?!」

「親兄弟とのキスはファーストキスに含まれませぇん。ノーカウントでぇーす」

「うっわうっわ、このビッチまじ性格わりぃ」

end